花を運ぶ妹 池澤 夏樹

花を運ぶ妹

花を運ぶ妹

バリでヘロインを購入したところを警察に踏み込まれ囚人となった兄 哲郎
事実以上の罪をかぶせられそうになっている兄を何とか救おうとする妹 カオル
兄弟のそれぞれの視点から書かれた物語

最初はドロドロしていてとても読みにくかったのが
後半に入りグイグイと引き込まれる。
ドロドロしているのは、あまりにもナマナマしいから。
主人公の絶望やイライラが読み手にも移ってしまう。
・・・が、後半に入り私はこの小説をとても好きだと思った。

バリといえば「神が住む島」
カオルの思考のキーワードに「祈る」ということが度々出てくる。
とても惹かれた文

祈りは矛盾しています。
叶えられたとんにそれは神様との取引になってしまう。
電話で注文したお酒が配達されるのと同じことになってしまう。
叶えられる直前までが純粋な祈りです。
だから私は考えます、みんなが安心してしまった今、私の祈りは叶えられたのか
あれは祈りだったのか、と。
たしかにお酒は配達されました。
でもそれは幸運な誤配であって、私が注文したわけではなかった。
私は傲慢でしょうか。
でも、アジアでは、世界のこの一角では、
みんなが欲しいものをちゃんと注文しないでただ誤配を待っているだけなんじゃないかって
気もするのです。
そういう生き方もあるんじゃないかって。

祈りが取引だというのは、感じます。
百度参り、○○断ち、人柱、雨乞いのための・・
昔からあるこの考え方は、私の中にもしっかり根付いていて
何かを得るためには何か失うものを覚悟して
あるいは、何かを得るために、それ相応の努力をして
そうして得ていくのだと思っているところがありました。

しかし遅いながらも30になって、
そういうことばかりではないのだ。ということに気づきました。
祈りが強いほうが叶えられるというわけではない。
捧げるものが大きいほうが、努力が大きいほうが
叶うという鉄則が効かないものがある。

最初それに気づいた時、私は絶望しました。
じゃぁどうすればいいのよ。と。
でも実はやっぱりそれは私の傲慢でした。
何でも自分の力でどうにかなると思っている私の。

すったもんだ悩んだ上に、自分の手の届かないところで動く力を
ようやく受け入れることができるようになりました。
誤配を待つ・・というのかな。
天に任す・・というのかな。
自分で努力することは努力して、後は叶えられなくても怒らない。(笑)  

フィジーな部分を残すということで 少し緩んだ気がしました。
頭やら何やらが。

そういうことを再度考えた一冊。
バリの踊りのことも少し出てきて、興味深い。